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僕が沖縄の海に魅了された瞬間
僕は毎年沖縄に行く。理由は単純で明確だ。あの海に魅了されてしまったからだと思う。沖縄に心を奪われたのは、3年前の夏、中学時代の友人の結婚式で初めてその土地を訪れたときだ。それまでも、幼い頃の家族旅行で何度か沖縄を訪れた記憶はある。ただ、そ... -
現実と非現実をつなぐ橋 ーレインボーブリッジー
僕はお台場が好きだ。好きといっても、単なる観光スポットとしての魅力ではない。お台場は僕にとって、現実から解放されるための扉だ。新橋からゆりかもめに乗り、レインボーブリッジを渡ると、まるで異世界への旅が始まるような感覚を覚える。高層ビルと... -
人生は選択の連続
先日、ついにMacを手に入れた。長年のWindowsユーザーだった自分にとって、これは一種の挑戦であり、変化の象徴でもある。周囲からは「なぜ今さら?」と首をかしげられたが、その背後には複雑な思いと、これまでの選択の積み重ねがあった。 社会人としての... -
一期一会
ポストに届いていた封筒を何気なく手に取った瞬間、どこか遠い記憶の手触りがした。送り主は、卒業してからもう随分と経つ高校だった。表面の印字は滲みもなく、整った字体が無機質に並んでいる。中を開けてみると、今年度の取り組みを紹介するリーフレッ... -
不可避な夜ふかし
いつからだっただろうか。夜が、ただの夜ではなくなったのは。 かつては、闇が訪れれば自然と目蓋が重くなり、布団に身体を預ければやがて意識も沈み込んでいった。深夜の静寂は、日中の喧騒を洗い流す清水のようであり、眠りへと続く通路のように思えた。... -
自分とは
自分とは何か、という問いに囚われて 中学二年生の代数の時間だった。教室の窓から差し込む午後の日差し、黒板に書かれた数式、教師の単調な声。その中で、ふと妙な疑問が頭をもたげた。「自分とは何なのだろう?」それまでは自分が自分であることに、何の... -
サクレレモン
目の前に、サクレレモンが二つ並んでいる。冷房を必要以上に効かせた部屋の中で、僕は一つを手に取り、口に含んだ。噛み締めるたびにシャリシャリとした音が響く。それ以外、この部屋には何も音がない。 この冷たい部屋には、おばあちゃんのぬくもりはもう... -
夏の終わりに感じる虚しさ
9月21日、焼けるような暑さが嘘のように和らいだ。ここ数週間の熱波が過ぎ去り、街の風景もどこか落ち着きを取り戻したかのようだ。しかし、外を歩けばまだ汗が滲む。季節は変わりつつあるが、夏の名残は身体に残っている。特に夜、冷房を無意識に付けたま... -
「何者」にもなれない人生だが割と満足
30歳になって、ふと振り返ると、自分の人生が誇れるものだとは到底思えない。自分の中に誇りを感じたことがないし、他人に誇れるような人生を歩んできたとも思わない。だが、それは決して「悪い人生だった」という意味ではない。犯罪を犯したり、人に迷惑... -
憂鬱さを感じる週末の終わり
日曜日の朝、目覚めると、どこかしら心の奥底に黒い雲が漂っているような感覚がある。重たい、けれどもそれが何かと問われればはっきりとした答えが見つからない。日曜日は、なぜこんなにも憂鬱なのか。何が僕をこの感情に駆り立てているのか。しばらく考...