絶望の訪れ

2025年1月4日、それは訪れた。

1月4日という季節を勘案すると、絶望するしかない。それは突如訪れた。僕の部屋のエアコンが壊れたのだ。

暖房がつかない。冷房や除湿はしっかりと稼働する。しかし、この季節に求めるのは暖房であり、それがない部屋はもはや生存に適さない環境と化す。冬と聞くと12月を思い浮かべるが、日本において最も寒いのは1月から2月にかけてであり、その現実を突きつけられた日となった。

エアコンが壊れた直後、買い替えを検討するのは当然の流れだった。しかし、平日は仕事で忙殺され、土日に電気店へ足を運ぶ気力が湧かない。限られた休みをエアコン購入という義務に充てることに、どこか強い抵抗を感じていたのだ。結果、僕はその決断を先延ばしにし、約一ヶ月もの間、極寒の生活を余儀なくされた。

朝、布団から出ることができない。寒さが全身を支配し、わずかに顔を出した指先すら凍てつく。目覚まし時計が鳴り響いても、毛布のぬくもりから逃れる勇気が持てなかった。布団の外は別世界、そこには痛みを伴う冷気が満ちている。どうにか這い出たとしても、体は縮こまり、着替えるのにすら一苦労。結局、布団の中でギリギリまで粘るしかなかった。

結果、電車での通勤に間に合わなくなる。焦燥感に駆られ、僕はタクシーを呼んだ。片道6000円。その瞬間は「仕方ない」という言い訳で乗り切る。しかし、人間、一度楽をすると元には戻れない。翌日も同じく布団から出られず、またタクシーを呼ぶ。気づけば、それが日常になっていた。

エアコンを買えばよかった。それだけで解決する話だった。

エアコンの価格について、僕は愚かな勘違いをしていた。最安で5万円程度だと思っていたのに、実際には7万円を超え、撤去費用を含めると8万円にもなる。愕然とした。無知だった。そんな金額を出すのかと思い、購入を渋った。その結果、朝は起きられず、夜は寒さに震え眠れず、生活は乱れ、心は荒んでいった。

そして迎えた決定的な瞬間。タクシー代が10万円に達した時、ようやく僕は悟る。「何をやっているんだ」と。

エアコンを8万円で買い渋りながら、タクシーに10万円を投じるという愚行。合理性の欠片もない。寒さが判断力を奪ったのか、単なる怠慢なのか。いずれにせよ、ようやく重い腰を上げる時が来た。

エアコン購入を決め、工事の日を待ち、ようやく今日、その取り付けが完了した。

暖房が部屋中に広がる。

タイピングする手が悴まない。指先がスムーズに動き、思考が滞らない。わずか数週間前まで当たり前だったこの感覚が、今は新鮮にすら感じる。寒さという悪魔に支配された日々が終わり、僕は再び「当たり前」に戻ることができた。

「当たり前」に生きられること。それこそが最大の幸福なのかもしれない。

そう考えながら、僕はこのストーリーを終えようと思う。

たっくす

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次